こちらの記事では「フラーリッシュ(持続的な幸福、最適な自己の実現)」という概念とポジティブ心理学について扱いました。
セリグマンの「ウェルビーイング理論」では、ウェルビーイングには5つの構成要素があり、この5つの要素を高めていくことでウェルビーイングが促進され、フラーリッシュを実現することができるというものです。
ウェルビーイングの5つの要素は、以下の5つです。(頭文字をとってPERMAと呼ばれる)
さて、FEJのポジティブ教育では、以下の二つの概念についても扱っていきます。
この二つもフラーリッシュを実現するために重要な概念となります。
ポジティブ心理学は、”強みの科学”と呼ばれたりすることもあるくらいで、人の強みにフォーカスしています。強みを定義した理論もいくつかありますが、その中でもメジャーなものに、セリグマンとクリストファー・ピータソンによって分類されたキャラクターストレングス(VIA-IS)があります。
「キャラクター・ストレングス」とは、「性格の強み」と訳されたり、「強みとしての徳性」と訳されたりするもので、知恵、勇気、人間性、正義、節制、超越性の6つに関する24の強みです。
例えばどんなものがあるかというと、、、、、
「好奇心」「忍耐力」「誠実さ」「リーダーシップ」「慎み深さ」「感謝」「ユーモア」・・・などなど。
など、10以上の基準に基づいて、古今東西の美徳の中から、24個が選ばれました。(詳しくはピーターソン著『ポジティブ心理学入門』をご参照ください)
これらの定義の中でも、特に「道徳性」や「普遍性」といった点が、一般的な強みと比較したときのキャラクター・ストレングスの特徴でだと言えます。
例えば、「背が高いこと」は、スポーツ界やファッションモデル業界では強みになりえますが、他の分野では特別な価値はありません。競馬の騎手の世界などでは、逆に弱みとなりますよね。ということは、「その性質そのものに価値があり、道徳的に評価される」という条件には当てはまりません。
それに対してキャラクター・ストレングスは、どんな場所に行っても、文化や言語が異なっていても、人間の本質的な良さとして評価され、それを表す語彙が存在します。
また、過度な使い方や道徳に反した目的のために発揮されない限り、それ自体は、場所や分野を問わず価値ある性質とみなされています。
キャラクター・ストレングスは「持っているか持っていないか」ではなく、行動面に「強く表れているか、あまり現れていないか」で表されます。
下のイメージ図は、ある一人の子のキャラクター・ストレングスを表しています。
例えばこの例の場合、「勇敢さ」や、「公平さ」、「謙虚さ」、「自制心」、「ユーモア」といったキャラクター・ストレングスが特に強く現れていることが分かります。
逆に、「好奇心」、「柔軟性」、「忍耐力」、「思慮深さ」はほとんど行動面に現れていないということになります。
特に強く現れているキャラクター・ストレングスは、その子のアイデンティティというか、その子の個性を形作るものとも言えます。
そしてそうした自分のキャラクター・ストレングスを発揮することは、その子にとって苦ではなく、むしろ発揮することで喜びや充実感や自尊感情を抱くことができ、そうした強みを発揮して活動ができるときはパフォーマンスが上がるのです。
「リーダーシップ」のキャラクター・ストレングスが高い子はリーダーの役割が実際に得意でリーダーの立場で活動をすることに喜びを感じられます。しかし一方で、「リーダーシップ」のキャラクター・ストレングスが低い子にとってはリーダーのポジションに就いていることはとても苦になるか、またはなかなか思うようにいかないかもしれません。
つまり、高いキャラクター・ストレングスは、その人にとって大きな「強み」になるのです。
でも、じつは案外、人はそうした自分を自分たらしめているような「強み」を、自分の「優れた長所」として認識していないことが多いのです。
まして子どもの場合はなおさらです。
例えば、「リーダーシップ」のキャラクター・ストレングスはあまり高くないのに、バスケが上手いからという理由で主将を任されたとしても、その子にとってはストレスになり、本来の能力を発揮できない可能性があります。
その子の高いキャラクター・ストレングスが「勇敢さ」や「情熱」だったのなら、主将ではなくエースとして活躍するほうが望ましいかもしれません。バスケに対するひたむきで熱い想いに気づいてあげて、さらに深める手助けをする方が、その子のメンタルヘルスや幸福感にとってもずっと有益だし、実際のパフォーマンスにもプラスの効果が期待できるというわけです。
このようにキャラクター・ストレングスは、
◎子どもにどんな役割を任せるかを決める上で一つの有益な検討材料になったり、
◎自信をつけさせるための励ましや、自尊心やモチベーションを高めるための褒め方としても、その子の強みを見出してそれを指摘することが有効であったり
と、家庭や学校現場で様々な形で活かすことができるパワフルなツールとなります。
キャラクター・ストレングス研究をリードするVIAインスティチュートの教育ディレクター、ライアン・ニーミック博士は、キャラクター・ストレングスについて、
フラーリッシングな人生の基本的構成要素である(”Basic building blocks of a flourishing life”)
とも言っています。(『Character Strengths Interventions: A Field Guide for Practitioners』より)
自分の強みとなるキャラクター・ストレングスを自覚し、それを活かすことにより、フラーリッシュにつながる様々な良い効果がもたらされることが、多くの研究によって確かめられているのです。
ウェルビーイングのためのP・E・R・M・Aを高めてフラーリッシュを実現する上で、強みの活用はとても有効です。ぜひ、上手に活用していきたいものです。
もう一つの重要な要素、「レジリエンス」は、「逆境力」、「立ち直る力」とも言われ、困難に直面してもしなやかに前に進む精神的な強さであり、メンタルヘルスを健康で安定した状態に保つ力でもあります。
数年前まではメンタルヘルスにおけるレジリエンスという言葉は一般にはほとんど知られていませんでしたが、近年日本でも非常に注目されてきています。
教育界でもその流れは同様に見られ、例えば教育関連の月間誌『児童心理』(金子書房)では、2014年の8月号で『子どものレジリエンス』と題して特集されて以降、一冊丸々レジリエンスをテーマとした号が複数出ています。
レジリエンスが高い子は、どういう子なのか?
例えば・・・
というように、大小関わらず困難に直面しても、
自分の感情に振り回されず、
どうしたらうまくいくかを考えて行動することができ、
ストレスにも上手に対応し、
逆境や挫折、失敗、つらい出来事に対処し、乗り越え、成長し、
今自分に必要なことやできることに取り組んでいくことができる子
このような子は、レジリエンスが高いと言えます。
一方、レジリエンスが低い子は・・・、
など、
精神面の脆弱性(傷つきやすさ、敏感さ)が高く、
感情的、衝動的な行動をとる傾向があり、
失敗に対する恐怖心が強く、
ストレス耐性が低く、
行動やパフォーマンスが本人の望まない方向に向かってしまう場合
を指します。
人や組織の多様化、人工知能に代表される高度な技術の発展、超高齢化社会といった背景にあり、変化が激しく、正解や最適解が定まらない今の世の中を生きる上で、このようなレジリエンスは必要不可欠な能力ではないでしょうか。
事実、アクティブラーニングの導入や道徳の教科化、体験活動の充実代といった近年の学校教育での動向にも見られるように、子どもたちには学力だけでなく、生き抜く力とも言える「非認知能力」と呼ばれる力が求められていて、レジリエンスはまさにそうした非認知能力教育の目指すところと言えます。
さて、そんなレジリエンスの本質とも言える人間の内的資質は、「レジリエンシー」と呼ばれます。
レジリエンシーは、主に遺伝的要因による生得的資質と、幼少期から今までの経験によって獲得された後天的資質からなります。
ポジティブ心理学研究では、レジリエンシーの要となる7つの能力が明らかにされ、その7つの能力を向上させるためには、思考スタイル(考え方の癖)に着目したテクニックを使うことが有効であることが分かっています。
このテクニックを使って実践することで、レジリエンシーの後天的資質を高め、生得的資質によるマイナスの影響を最小限に抑えることができるようになります。
ペンシルベニア大学のセリグマンの研究室では、このレジリエンシーを高める子ども向けのプログラムを開発し、長く実践研究が行われてきました。20年以上の歴史があり、文献数(2014年時点で計4,125件)、1年後の憂うつ感・抑うつ傾向・不安感の著しい低下や学力の向上など、実証された効果も多いのですが、特に抑うつの予防に関する研究が多いことから、世界最大規模の抑うつ防止プログラムと言われています。
このプログラムは、子どもが日常で直面する問題に自分で対処する能力を向上させることを主な目標としています。子どもにとってよくありがちな問題にたいして、現実的で柔軟に考えることができるようになることや適切な楽観性を持てるようになることを教えます。また、実際に問題に対処したり、人間関係に対応するために、意思決定や問題解決の技法、コミュニケーションスキルなども含まれています。
FEJでは、日本ポジティブ心理学協会と協力し、このプログラムに基づき、日本の子ども向けのレジリエンス・トレーニング・プログラムの開発を行い、教育・普及活動を行っていきます。
レジリエンシーを高めるスキルは5つで構成され、核となるのは、認知行動療法をベースとした思考に関するテクニックです。
まず、出来事−思考−行動・感情の結びつきについて理解し、どのような思考をするかによって、結果としての行動や感情もそれによって変わってくるということを学びます。
そして、人によって思考スタイルは異なること、思考スタイルは変えることができること、自分が望む行動をとるための思考スタイルは自分で選択できるということを学びます。
さらに、自分の思考を認知すること、そして思考スタイルを必要に応じて変えるためのテクニックを教えることで、子どもたちは、自分でその時その時、自分にとってベストな思考スタイルを自由に選択する術を身につけることになります。
これらのスキルにより、子どもは自分の感情をコントロールすることができるようになります。さらに、現実の問題に対処するためのスキルとして、上手な自己主張の仕方、たくさんの課題を効率的にこなす方法など、具体的な社会スキルについても学びます。
思考スタイルに関するテクニックと社会生活でうまく行動するための社会スキルの両方を学ぶことで、子どもたちは、レジリエンシーを伸ばし、将来、強くたくましく成長するための一つのテクニック、スキルを備えることができるのです。
認知行動療法の専門家によると、こうしたスキルやテクニックの習得は、思春期より前、かつ、「考える」ということについて考えられる年齢がもっとも適しているとされています。
さて、このように、FEJのポジティブ教育は、
の3つの柱で成り立っています。
これらは重なる部分もありますが、フラーリッシュの実現のために大切な要素でもあります。それぞれの要素についての子どもの状況に目を向けることで、子どものフラーリッシュに向けて、どのようなサポートをするべきかを考えることができます。
子どもたちは一人一人個性があるように、フラーリッシュの要素の高い低いも一人一人大きく違います。
たとえば、この絵の女の子は、PREMAのうちPとRのレベルは高いけれど、他の3つは低い状態です。
良いお友達がいて(R)、いつも比較的楽しく過ごしています(P)が、何のために勉強をするのかなど意味や意義(M)は感じられておらず、時間を忘れて打ち込めるもの(エンゲージメント, E)もほとんどなく、目標の達成(A)はあまりできていません。
また、「親切心」という強みがあることは自覚しているけれど、他にも強みがあることは気づいていません。
そしてレジリエンス・スキルのうち2つだけは備えていますが残り3つは身についていません。
また、こちらの男の子の場合、PERMAのうちEだけは高いですが、他はすべて低い状態です。
自分には強みがあるということにも気づいておらず、レジリエンス・スキルのうち3つは持っていますが残りの2つは身についていません。
このように、一人一人、フラーリッシュという観点から見た子どもの状態は異なりますが、PERMA、強み、レジリエンスという3つの柱を念頭に置いて子どもたちを観察すると、その子その子にとって必要な要素が見えてきます。
「子どもの教育」と一口に言っても、実際の具体的な取り組みは多岐にわたります。
例えば学校現場であれば、授業中にふざけてばかりいる子に手を焼き、個別に指導をすることもあるでしょう。
そんなとき、その子を「ふざけないできちんと席に座らせる」ことに直接的に取り組むのではなく、「フラーリッシュのために、この子には何が必要なのだろう?」という見方をしてみることで、少し遠回りでも、その子にとって本当に有効な導き方が見つかる可能性があります。
例えば、上の例で見た男の子であれば、「好奇心」や「創造性」といった強みに大人が気付いてあげることから始めることができます。
家庭では、例えば絵を描くことや物語を作ること、今時ならプログラミングを覚えてロボットを作ってみるといった新しい活動は、好奇心や創造性の強みを発揮し、集中したり、作品を作り上げることができるかもしれません。そんなときに、思う存分子どもを認めてあげることはいかがでしょうか。
学校生活では、図工や理科の時間にその子が創造性や好奇心を発揮しているのを見つけたら、「オリジナリティがあっていいね」とか「◯◯くんらしさが出ているね」とか、「いろいろなことに興味を持って観察できているね」など、その子の強みを指摘して肯定的な言葉かけをしてあげることもできます。
子どもは、そうした自分では気付いていない強みを大人に気づいてもらえて、それを自分の良さとして認めてもらえて、そして何かに活かせているという感覚を得ることができると、自尊感情や自己肯定感を沸かせることができます。当然、そうした活動は、集中して取り組みやすいですし、その経験から他の活動でも少しずつ集中することができるようになっていく可能性もあります。
さらには、自分の強みを見出してくれる大人に対する信頼も生まれることでPERMAのRにもつながるし、マイナス面ばかりに注目されていたときよりも喜びや自信などの感情が湧き、PREMAのPを高めることにもなります。ポジティブ感情の高まりは、視野を広げ、よりよくなるための努力の源になることが分かっているため、親や先生の助言に耳を傾けられる状態になりやすいです。
そんなポジティブ感情の効用や、自尊感情の高まりなどにより、いつの間にか「ちゃんと席に座って授業を受けよう」という先生の言葉が彼の胸に届くようになるかもしれません。
また、「授業中に騒ぐ」ということについてレジリエンスという観点から見たとき、ルールを守れないというのは、一つは「衝動の抑制力」が低いために起こっていると考えられます。
そしてこの「衝動の抑制力」は、レジリエンシー(レジリエンスを構成する内的資質)のひとつで思考スタイルに関するテクニックと社会スキルを身につけ実践することでも向上することが可能です。
このように、子どもの問題行動や心配な性格など、ネガティブな事象を見て、それを直していくにはどうするかということを考えるのではなく、ウェルビーイング、強み、レジリエンスという視点からアプローチし、子どもの本質的な良さや強さを引き出し、時間はかかっても、問題行動や欠点とみられている部分の改善を目指すのがポジティブ教育になります。
このポジティブ教育の3つの柱を子どもたちに教え、育み、
「自分の強みを使って生き生きと活動し、
高いレジリエンシーを身につけて健全で前向きなメンタルを維持し、
P・E・R・M・Aがバランス良く総合的に高い子」
すべての子どもたちにこうあってほしいと願っています。
FEJ理事 藤原