強みを伸ばし、生き抜く力を育む科学の知恵

ポジティブ心理学で持続的な幸福(フラーリッシュ)を手に入れる

 

前回の記事(「ポジティブ教育とは?」)では、当ブログの運営団体であるNPO法人フラーリシング・エデュケーション・ジャパン(FEJ)についてのご紹介と、「ポジティブ教育」という、子どものポジティブな側面に注目して良さや強さを引き出す科学に基づく新しい教育方法のあらましについて紹介しました。

今日は、主にポジティブ教育の基盤となるポジティブ心理学研究の主旨についての話になります。

特に、

  • ポジティブ心理学のことがまだイマイチよく分からない方
  • ポジティブ心理学って、とにかく何でもポジティブに考えることを勧めるものでしょ?と思っている方
  • ポジティブ教育についてこれから深く学んでいきたいと思っている方

にとって役立つ話ばかりですので、ぜひご一読ください!

 

そもそも「フラーリッシュ」とは?

私たちFEJは

教育の目的はフラーリッシュ(持続的な幸福)を実現することである

という信念を掲げています。

まずはこの「フラーリッシュ」とは何か?というところからお話しします。

「フラーリッシュ(またはフラーリシング)」という言葉が今(特に欧米で)広く注目されているのは、「ポジティブ心理学の父」とも言われるマーティン・セリグマン(もともとは学習性無力感という、心理学界では超有名な理論を提唱した心理学者)が、著書『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福”から”持続的幸福”へ』(原題「Flourish(フラーリッシュ)」)の中で次のように宣言したところに端を発しています。

私は今や、ポジティブ心理学のテーマは「ウェルビーイング」だと考えている。ウェルビーイングを測定する判断基準は「持続的幸福度(フラーリシング)」で、ポジティブ心理学の目標は持続的幸福度を増大することだと考えている。

 

つまり・・・

ポジティブ心理学が追求するもの  ある一時点の「幸せ(happy)」
ポジティブ心理学が追求するもの  フラーリシング(持続的な幸福)

なのです。

英語のフラーリッシュ(flourish)は、「花が開く」ことや「繁栄する」こと、「栄える」ことを意味する言葉ですが、ポジティブ心理学の文脈で「フラーリシングな状態になる(フラーリッシュを実現する)」と言った場合は、満ち足りた幸せな状態が末長く続くようなイメージで使われていて、最適な自己を実現している状態といった意味合いも含まれます。

 

フラーリッシュとウェルビーイング

 

そしてポジティブ心理学では、フラーリッシュを追求するというのは、「ウェルビーイング」を高めていくことだとされています。ウェルビーイングは平たく言えば、人としての「良い状態」のことです。

WHO憲章における健康の定義の中では、ウェルビーイングについて「肉体的にも、精神的にも、社会的にも、すべてが満たされた状態」と書かれています。(参照:公益社団法人日本WHO協会HP

 

セリグマンは2011年に「ウェルビーイング理論」を提唱し、ウェルビーイングの構成要素として次の5つの要素を挙げています。

 

  • ポジティブ感情Positive Emotion)・・・楽しさ、嬉しさ、快適さ、充実感、畏敬の念、愛情など、ポジティブな感情を抱くこと
  • エンゲージメントEngagement)・・・やりがいのあることに夢中で打ち込むこと
  • 良好な人間関係(positive Relationship)・・・強い絆で結ばれた家族や友人がいる、信頼し合える仲間がいるなど、充実した人間関係を形成すること
  • 意味・意義Meaning)・・・自分の活動、または人生そのものに、意味や意義を感じること
  • 達成・成功Achievement)・・・自分の大切な目標を達成すること

 

ポジティブ心理学では、この5つの要素の頭文字をとって、「PERMA(パーマ)」と呼ばれています。

P・E・R・M・Aのひとつひとつは、高めることが可能であると、研究によって証明されています。
高めるための方法(実践的なエクササイズや日常的に取り入れられる心がけ)も開発されていて、効果が確かめられています。

このような研究によって明らかになったウェルビーイングについての知識や、高めるテクニックを人格形成期である子どものうちに、身につけさせることがポジティブ教育の一つのかなめだと言えます。

 

◎ウェルビーイング理論(M.Seligman, 2011)◎

 

P・E・R・M・Aを高める

ウェルビーイング(人としての良い状態)が増大する

P・E・R・M・Aのすべてが高い状態 = フラーリッシュ

(持続的な幸福、繁栄、最適な自己の実現)

さてここで、教育の目的、目標について考えてみましょう。

 

◎教育の目的 = 子どもを幸せにすること

◎教育の目標 = 子どもに「幸せになるための力」を身につけさせること

 

と考えるならば、親や教師、子どもの教育に関わる大人自身も「幸せになるとはどういうことか?」について、考える機会を持ち、さらには、自分自身も幸せである必要があるのではないでしょうか。

とても難しい問題で、単純化できるものではありませんし、唯一の正解があるかも分かりません。

しかし、実際に何千何万という人々の人生について科学的に検証した結果として導き出されたポジティブ心理学の知見を「ヒント」として活用することは、子どもの幸せについて考える上で大きな助けになるでしょう。

 

ポジティブ心理学の目的

ポジティブ心理学は、「ポジティブ」という言葉の響きのせいか、「ポジティブ心理学って、ポジティブシンキングについての話?」や「なんでも楽観的に考えて、悪いところは見ないようにしなさいということ?」というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

そうではなく、ポジティブ心理学とは、「人生を生きる価値のあるものにするのは何か?」「幸せになるとはどういうことか?」ということについて、真剣に取り組む学問であり、れっきとした科学です。

まずは、なぜ「ポジティブ心理学」という名称になったのかについて、ポジティブ心理学の発祥をご紹介します。

 

ポジティブ心理学のはじまり

 

戦後から90年代の終わりまでの心理学研究では、精神的な疾患を持つ人たちを救うことが、主たる目的とされていました。

マーティン・セリグマンは、『世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生』の冒頭で次のように述べています。

 

心理学はここ半世紀というもの、うつ病や統合失調症、アルコール依存症といった「心の病」だけに注目し、その研究に取り組んできた。その結果、それぞれの症状の特徴、進行状況、さらには発病の原因が、かなりの精度で解明された。何よりの進歩は、現場に携わる医師たちが、患者の症状を和らげる技術を習得したことである。

 

90年代後半に人の精神の負の部分に注目してエネルギーを注いできた心理学は、セリグマンが言うように、数多くの意義深い知見を生み出し、実際に多くの人を救ってきました。

しかし戦争の傷跡が少しずつ治癒され、経済や技術が高度に成長していくうちに、物質の豊かさや社会的地位などを手に入れても、本当の意味で「良い人生」を送れるわけではないことに人々は気づき始めました。

事実、子どもについてだけ見ても、昔よりも生活は格段に豊かになっていて、テレビやインターネットにより世界中の情報が得られ、大学全入時代という言葉に表れているように学問を修めるチャンスはある意味でほとんどの子どもに与えられているにも関わらず、今の青年たちの多くが将来に不安を感じ、青少年のいじめはますます悪質になり、凶悪犯罪や自殺などは後を絶ちません。

 

またセリグマンはこうも言っています。

 

これまで順調に進展してきたかに思える心理学も、一方では高い代償を払っている。それは、患者に生きがいを与えることを重視してこなかったため、症状こそ和らいでも、患者は惨めな人生を送っているという現実である。

 

 

ただ苦悩を和らげるだけでは、苦しみ、落ち込み、自暴自棄になっている人びとを、本当の意味で救うことはできない。人はどん底にあっても、美徳や誠実さ、さらには生きる目的や価値を、必死になって求めている。何か問題が起きたときに本当に必要なのは、苦しみを理解して和らげることではなく、幸せを理解し築き上げることである。

 

 

こうして、1998年、当時アメリカ心理学会会長だったマーティン・セリグマンは、「これからの心理学は、マイナスを0にすることだけに注力するのではなく、人のプラスの側面をさらに伸ばすことにも力を注いでいくべきだ」といった主旨の発議をし、ポジティブ心理学という新しい心理学の潮流を生み出したのです。

そこから、多くの心理学者が「より良い生き方とは何か?」「価値ある人生とは何か?」「充実した活動を行うための条件は何か?」といったテーマを手がけるようになり、人間の持つ素晴らしい側面についての研究データが爆発的に増えていったのです。

ということで、ポジティブ心理学は、「ポジティブシンキング」や過度な「楽観思考」を推奨するものではないし、いいところに着目して悪いところは見ないようにすればいいと言っているわけではないということをおわかりいただけたでしょうか?

 

 

科学的に幸せを追求するとはどういうこと?

次に、ポジティブ教育がもっとも大切にしている、「エビデンス(科学的根拠)に基づいている」ということの意味について少し説明します。

 

ポジティブ心理学の科学性

 

たとえば、ウェルビーイング理論がなぜ科学であると言えるか、それは、「ウェルビーイング」を測定できる構成要素に分けて考えていることが1つの証拠と言えるでしょう。科学と言うからには、必ず数値で表し測定できなければいけないのです。

「ウェルビーイング」というのは、「天気」と同じで測定できない「構成概念」だとセリグマンは言います。

「天気」は、それそのものを測定することはできません。
気温、湿度、風速、気圧といった測定できる構成要素によって「天気」というものを判断するのです。

同様に、「ウェルビーイング」も、PERMAという測定可能な5つの構成要素によって判断をするという考え方です。これにより、「幸せ」という一義的で習慣的な概念だったものを科学的に説明することが可能になったのです。

そして、P(ポジティブ感情)、E(エンゲージメント)、R(ポジティブな人間関係)、M(意味・意義)、A(達成・成功)のそれぞれを測定できることで、それぞれの要素を促進する方法を評価できるようになり、関連する研究が盛んに行われました。

そして多くのデータが蓄積され、ウェルビーイングを高めるためのエビデンスに基づく合理的な戦略が次々に提唱されています。

幸せをウェルビーイングという構成概念で考え、測定可能な要素に分け、それぞれの要素を高める方法について効果検証をし、統計的に意味のあるデータが得られているからこそ、ポジティブ心理学は「科学」と言えるのです。

科学的な根拠があるということは、多くの人にとって有効性が高い再現性が高い(しかるべきプロセスにより同様の結果が得られる)ということになります。

ただし、病気に対する薬が、その症状を持つ全ての人に効くわけではないのと同様に、ポジティブ心理学の研究で効果があるとされているものも合う合わないという個人差などはありますし、そもそもまだ新しい分野なので、日々新しい研究成果が出て情報の更新が続いている世界でもあります。
こういった前提も理解したうえで、この素晴らしい科学の知恵を賢く活用していきたいものです。
さて、今回は、

  • FEJが目指すポジティブ教育は、子どもたちに「フラーリッシュを実現する力」をつけさせることである
  • フラーリシングな状態とは、ポジティブ感情があること、何か夢中になれることに打ち込めること(エンゲージメント) 、良好な人間関係が築けていること、活動や人生に意味や意義を見いだせていること、そして自分にとって大切な目標を達成できていること、のウェルビーイング5つの要素すべてが高いレベルでそろっていることである
  • ポジティブ教育は、科学的根拠に基づいて、ウェルビーイングの5つの要素(P・E・R・M・A)を高めるための具体的なテクニックや知識・スキルを子どもたちに教える教育である
  • ポジティブ心理学研究の趣旨は、「ポジティブシンキング」や過度な「楽観思考」を推奨するものではなく、フラーリッシュという持続可能な幸せ、生きる価値のある人生をつくることに貢献することである

という、大切な基本的な知識について知っていただきました。

今回の記事を通して、ポジティブ教育の必要性、ポジティブ心理学の有用性について少しでもご理解頂ければ幸いです。

少々堅苦しい内容が多くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます!

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